Y染色体と常染色体で読み解くツタンカーメン家の家系図と近親婚

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Y染色体と常染色体で読み解くツタンカーメン家の家系図と近親婚を表すアイキャッチ画像。古代エジプトの王座に刻まれたツタンカーメンと妻アンケセナーメンを中心に、背景にDNAの二重らせんがうっすらと見える。

ツタンカーメンの墓が発見されてから100年。その間、ずっと残り続けてきた謎のひとつが「彼の父親は誰だったのか」という問いです。2010年に発表されたDNA鑑定の結果は、この謎に大きな手がかりを与えました。今回は、で扱った「Y染色体」と「常染色体」の伝わり方の違いが、以前の記事で触れたツタンカーメン一族のDNAの中にどう影響を与えていたのかを考察します。

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目次

ツタンカーメンの父親は誰?

2007年、ツタンカーメンのミイラが初めて一般公開された日のニュース映像
ザヒ・ハワス氏が棺の前で説明している。

ザヒ・ハワス氏が率いる調査チームは、アメンヘテプ3世、KV55から出土したミイラ(アクエンアテンとされる人物)、そしてツタンカーメンの3人のY染色体を比較しました。Y染色体は父から息子へとほぼそのままコピーされるように伝わる性質を持つため、3人のパターンが一致すれば「父系の血筋でつながっている」ことがわかります。

こけしママン

ちなみに、KV55 は王家の谷(Kings’ Valley)にある墓の番号で、アクエンアテンと考えられる男性ミイラが見つかった墓のことをいうよ。

アクエンアテンの彫刻
アレクサンドリア国立博物館(エジプト)所蔵のアクエンアテンの頭部の彫像
写真:miriam.mollerus / Wikimedia Commons / CC BY 2.0
理系夫

Y染色体は父から息子へコピー&ペーストみたいに伝わるから、何世代経っても基本的に同じパターンが残る。だからこそ「この3人は父系で繋がってる」って分かるんだね。

Y染色体DNA鑑定で分かること

ただし、ここで注意したいことがあります。Y染色体の一致が示せるのは、あくまで父系の血筋でつながっているという事実だけです。3人が祖父・父・孫の関係なのか、それとも別の世代差なのかまでは、Y染色体だけでは決められません。実際にKV55のミイラがツタンカーメンの父であると特定するには、次の章で見る常染色体の精密なマッチングを組み合わせて検証する必要がありました。

Y染色体でわかること・わからないこと

  • わかること:父系(男性のみ)の血のつながりがあるかどうか
  • わからないこと:何世代離れているか、誰が誰の親なのか(年齢推定や常染色体の検証が別途必要)

常染色体は世代ごとに薄まる?DNAが半分ずつ伝わる仕組み

人の細胞の構造図。細胞内に核があり、核の中に常染色体22対44本と性染色体(男性XY・女性XX)が並ぶ。核の外にミトコンドリアが点在している。

ツタンカーメン一族の常染色体検査と結果

Y染色体だけでは「誰が誰の親なのか」までは確定できません。そこで使われたのが、常染色体を対象にした、より精密な親子鑑定の手法です。常染色体は両親から半分ずつ受け継がれ、世代を経るごとに組み換えが起こる染色体で、以前GeneLife Haplo3.0のDNA親族マッチングの仕組みを調べた際にも登場しました。

ツタンカーメン一族のDNA鑑定では、染色体上にある短い配列が繰り返される領域に注目し、その繰り返し回数のパターンを複数箇所で比較する手法が使われています。

Haplo3.0の親族検索が「ひと続きに一致したセグメントの長さ」で血縁の近さを測るのに対し、こちらは「繰り返し回数というパターンの一致」を見る点で指標は異なりますが、どちらも常染色体に刻まれた、世代を超えて受け継がれてきた痕跡を読み取るという考え方は共通しています。こうした手法を使って複数箇所のパターンを照合した結果、KV55のミイラがアメンヘテプ3世の息子であり、ツタンカーメンの父親である可能性がきわめて高いという結果が得られました。

カイロのエジプト博物館に展示されているアメンヘテプ3世と王妃ティイの巨大な座像。足元には3人の娘が刻まれ、古代エジプト第18王朝の家族像として知られる。
アメンヘテプ3世と王妃ティイの巨大な座像。足元には3人の娘が刻まれている。
写真:Olaf Tausch / Wikimedia Commons / CC BY 3.0

常染色体の世代間の伝わり方

この常染色体は、Y染色体が「一本道」で伝わるのに対し、まったく違う伝わり方をします。常染色体は両親それぞれから半分ずつを受け継ぎ、世代を経るごとに混ざり合っていきます。

常染色体の遺伝イメージ図。曾祖父母から祖父・大おじ、父・いとこおじ、本人・はとこへと常染色体が受け継がれる様子を色分けブロックで示した家系図。兄弟の一致率40〜60%、いとこの一致率5〜17%と表記。
こけしママン

常染色体は毎世代、両親から半分ずつもらって混ざる。だから理論上は、ひいおじいちゃんの遺伝子は孫の代で1/4、ひ孫で1/8……ってどんどん薄まっていくはずなんだよね。

理系夫

そう。ただし、祖父母からは明確に25%というわけではなく、祖父母からは実際には 20〜30%くらいの幅でブレるのは、Haplo3.0の記事でも学んだとおりだ。

つまり、本来であれば、ツタンカーメンの曾祖父母にあたるイウヤとチュウヤ夫婦の遺伝子は、世代を経るごとに次のように薄まっていく計算になります。

  • イウヤ・チュウヤ(第一世代)
  • ティイ(第二世代)……理論上1/2
  • アクエンアテンとその姉妹(第三世代)……理論上1/4
  • ツタンカーメン(第四世代)……理論上1/8

そしてツタンカーメンより後の世代―つまり彼の子どもにあたる胎児の代では、イウヤ・チュウヤ由来のマーカーはかなり検出しづらくなっており理論値では、せいぜい1/16程度のはずです。ところが、実際のDNA鑑定結果は、ある原因から、第五世代に驚異的なパーセンテージを残しています。

4世代下の胎児にも残っていた祖先の遺伝子|近親婚が生んだ濃縮

ツタンカーメンを中心に、5世代にわたる家族関係をまとめた家系図。第1世代のイウヤとチュウヤから始まり、王妃ティイ、アクエンアテン、そしてツタンカーメンと王妃アンケセナーメンまでの血縁関係を図解したもの。

ツタンカーメンの墓(KV62)からは、2体の胎児のミイラが見つかっています。この2人のDNAを、イウヤ・チュウヤ、そしてアメンヘテプ3世のマーカーと照合した結果は次の通りでした(16箇所中の内訳)。

ツタンカーメンの胎児2体に残るDNAマーカー一致率
イウヤ・チュウヤ・アメンヘテプ3世との比較
胎児1(KV62)
4
1
3
6
2
胎児2(KV62)
3
2
4
3
4
0481216箇所
チュウヤ由来 イウヤ由来 アメンヘテプ3世由来 データ不十分 マーカー不一致

この比較の中の「データ不十分」と「マーカー不一致」は、まったく意味が異なります。データ不十分はミイラの保存状態などによる測定の限界、マーカー不一致は測定はできたけれど、イウヤ・チュウヤ・アメンヘテプ3世などの先祖とのいずれの数値とも合わなかった箇所です。後者には、まだ系図上で確認できていない別の祖先(胎児たちの母方にあたる人物など)の遺伝子が含まれている可能性があります。

理系夫

近親婚を繰り返すってことは、同じ祖先の遺伝子が薄まるどころか、何度も重なって濃縮されていくってことなんだよ。

こけしママン

こうやって数字で見ると、なんだかかわいそうなほど。生まれてくることすらできなかった2人の胎児に、王家の血が何重にも刻まれていたなんて。

なお、KV62から発見された2体の胎児のミイラは、カイロのエジプト博物館に所蔵されています。その姿はこちらで確認できます(※ミイラの画像が含まれます)。

ナショナルジオグラフィックの記事でも、胎児の画像が掲載されています。

ネフェルティティとアイの関係|もう一つの遺伝ルート仮説

ここまで見てきたように、胎児へのイウヤ・チュウヤ遺伝子の二重合流は、ツタンカーメンとアンケセナーメンが異母きょうだいだったという確認済みの事実だけで説明できます。

ツタンカーメンの黄金の玉座の背面装飾。王妃アンケセナーメンが夫に香油を塗る姿が描かれ、アマルナ時代の親密な夫婦像の典型例となっている。
ツタンカーメンの黄金の玉座の背もたれに描かれた王妃アンケセナーメンがツタンカーメンに香油を塗る姿。
画像:Pataki Márta撮影 / Wikipedia Commons/ CC BY-SA 3.0

しかし、もうひとつの仮説が正しければ、この「濃縮」はさらに重なっていた可能性があります。

仮説(断定されていません)

ツタンカーメンの次の王となった「アイ」は、ティイの兄弟だったという説があります。もしこれが正しく、さらにアイの娘がネフェルティティであり、ネフェルティティとアクエンアテンの娘がアンケセナーメン(ツタンカーメンの妃)だったとすれば、胎児たちには次の経路でイウヤ・チュウヤの血が何重にも合流していたことになります。

  • 父方ルート:イウヤ・チュウヤ → ティイ → アクエンアテン と実の姉妹→ ツタンカーメン → 胎児1&2
  • 母方ルート(仮説):イウヤ・チュウヤ → アイ → ネフェルティティ → アンケセナーメン → 胎児1&2
ツタンカーメンの葬儀で、後継者となるアイがセム司祭の姿で口開けの儀式を執り行う様子を描いた KV62 壁画。
ツタンカーメンの遺体(左)に対して、アイが口開けの儀式を行う場面を描いた KV62 の壁画。
Image: “Opening of the Mouth – Tutankhamun and Aja”, Wikimedia Commons (Public Domain)

なお、アイには妻テイ(Tey)がいたことが記録されており、二人の娘がネフェルティティだったという説もあります。ただし実母かどうかは確定しておらず、養母として育てた可能性も排除できません。いずれにせよ、テイという人物が介在しているとしても、その遺伝的背景は現時点では追えないため、胎児の「マーカー不一致」の一部には、この系統から来た未解明の遺伝子が混ざっている可能性があります。

ツタンカーメンとアンケセナーメン夫婦の家系図(仮説)

その仮説のうえで、彼らの家系図を見てみましょう。

ツタンカーメンの家系図。5世代にわたる血縁関係を示す図解。第1世代の曾祖父イウヤと曾祖母チュウヤから、第2世代のアメンヘテプ3世とティイ、第3世代のアクエンアテンとネフェルティティ、第4世代のツタンカーメンと妃(KV21A/アンケセナーメン?)、第5世代の胎児2体までを線で結んでいる。アイの位置づけや名前不明のミイラも含め、DNA鑑定と学説に基づく推定関係を凡例で区別している。
クリックで拡大します
こけしママン

この仮説が正しければ、胎児たちの血の濃縮は想像以上に濃いものになるね。

アンケセナーメンがアクエンアテンとネフェルティティの娘であることは、アマルナ時代の複数の壁画や碑文から裏づけられており、エジプト学界でほぼ確実視されています。

ネフェルティティの墓は未発見|ツタンカーメンの謎は続く

近親婚を繰り返した結果、ツタンカーメンとアンケセナーメンの間に生まれた2人の胎児は、いずれも生きて生まれることができませんでした。後継ぎを残せなかった背景には、こうした濃すぎる血縁関係が関わっていた可能性があります。ツタンカーメン自身の内反足も、遺伝性のものだったのかもと言われています。

ベルリン新博物館に展示されているネフェルティティの胸像。青い王冠をかぶり、左右対称の美しい顔立ちが特徴。
ベルリン新博物館に展示されているネフェルティティの胸像。アマルナ時代を代表する作品。
写真: Philip Pikart / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

そして今も解明されていない大きな謎が、ネフェルティティの墓です。壁画や碑文からアンケセナーメンの母として確実視されているにもかかわらず、彼女のミイラはいまだ発見されていません。

もし将来ネフェルティティのミイラが発見され、DNA鑑定が実現すれば、アイとの血縁関係の有無、アンケセナーメンとの母子関係の確認、そしてイウヤ・チュウヤの血をどこから引いているかという問いすべてに答えが出る可能性があります。アイとティイの兄弟説が正しければ、胎児へのイウヤ・チュウヤ遺伝子の合流経路はさらに増えることになります。

3000年以上前のエジプトの王家に刻まれたDNAの記録は、Y染色体という「一本道」と、祖先の痕跡がモザイクのように刻まれた常染色体、その両方を通して、今もなお新しい謎を私たちに投げかけ続けています。


【参考文献・画像】

  • ナショナルジオグラフィック日本版「ツタンカーメン100年」

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