駐車場のアスファルトの下に、500年以上前の王様が眠っていた──これは2012年にイギリスで実際に起きた出来事です。王の名前は、リチャード3世。かの有名なシェイクスピアの戯曲によっても知られる悪名高き王です。発見から本人の証明にいたるまで、そのニュースはセンセーショナルに世界を駆け巡りました。
今日は、王の遺骨がどうやって本人だと証明されたのか、そしてその過程で明らかになった意外な事実を、家系図を用いながらじっくり掘り下げてみます。
2012年、英レスターの駐車場から見つかった王の遺骨

写真:zaphad1 / Flickr / CC BY 2.0
イングランド史上最後に戦場で命を落とした王
リチャード3世(1452~1485、在位1483~1485)は、後世の政治宣伝やシェイクスピアの描写によって「王位のために幼い甥二人を殺した、見た目も醜い王」として知られています。
彼は、1485年のボズワースの戦いで32歳で戦死。遺体はレスターのグレイフライアーズ修道院に葬られましたが、修道院は宗教改革で破壊され、その後「遺骨は暴徒に掘り起こされ川に捨てられた」という伝承が広まりました。橋の近くには記念プレートまで設置され、20世紀までこの俗説が信じられていました。まさか遺骨が駐車場の下に残っているとは、誰も考えていなかったのです。
この不遇な扱いの背景には、30年に及んだ薔薇戦争の終結という事情があります。ボズワースの戦いはこの内乱の事実上の最終決戦で、勝者ヘンリー・テューダーはヨーク家とランカスター家の対立に終止符を打つ形で王位を継承しました。
当時のイングランド王家の家系図

ただしヘンリー7世自身の王位継承権は本来かなり弱く、前王リチャードを簒奪者・悪逆な人物として描くことには、新王朝テューダー朝の正統性を補強する狙いもあったとされています。後年シェイクスピアが戯曲でリチャードを醜悪な悪役として描いたのも、ヘンリー7世の孫にあたるエリザベス1世の治世下で書かれたという背景があります。遺体が後世に行方不明になったのも、評判の悪化も、経緯をたどれば同じ政治的な事情に行き着くわけです。

実はこの少し前の百年戦争で、イングランドはフランス領土の大部分を支配してたんだけど、ジャンヌ・ダルクの登場でフランスが盛り返して、最終的に撤退することになったの。その後の内政不安が、薔薇戦争につながったとも言われてるよ。



なるほど。ジャンヌ・ダルクの時代から薔薇戦争が終わるまで、イングランドはずっと荒れていたってわけか。



そう。彼はプランタジネット家の血を引く最後の王だったから、「The Last Plantagenet」とも呼ばれるよ。
遺骨はなぜ駐車場の下にあったのか


Licensed under the Open Government Licence v3.0.
現在のレスター市街地図に、リチャード3世が埋葬されていたグレイフライアーズ修道院跡の位置を重ねた図。
2012年、レスター大学考古学サービス(ULAS)が依頼を受けて、 市内中心部の駐車場で発掘調査を開始しました。 この場所は、かつてグレイフライアーズ修道院が存在した可能性が高いとされていた区域です。初日、駐車場に塗られていた「R(Reserved=予約席)」の文字のすぐ下から、脚の骨が姿を現します。偶然にしては出来すぎた結果に、現場は騒然となりました。



Rは単に「Reserved(予約席)」の頭文字なのですが、同時にRichard(リチャード)の頭文字でもあるんですよね。もちろん、Rと塗ったときには意図的なものではなかったはずですが、まるで運命に導かれているような発見と言えます。
発掘のきっかけとなった一人の女性


写真:Peter Broster / CC BY 2.0 出典: Wikimedia Commons
この発掘を動かしたのは大学の研究者ではなく、エディンバラ在住のアマチュア歴史家フィリッパ・ラングレーでした。彼女は2004年にレスターの候補地を初めて訪れて以来、リチャード3世の埋葬場所の再調査を訴え続け、資金集めや市議会との交渉を自ら進め、約8年をかけて発掘計画を実現させました。
専門家ではなく一人の歴史愛好家が、調査の構想から資金調達、発掘許可の取得までを主導したという点は、考古学の大規模プロジェクトとしては非常に珍しいケースです。地道な調査と粘り強い働きかけが、大学や自治体を動かし、歴史的発見につながった好例と言えるでしょう。



こけしママンも時々文献をあさったり調査にすごい執念を燃やすことがあるんだけど、リチャード3世を発見したきっかけを作った彼女の執念もすごい。映画化されるだけあるね。



写真内に一緒に写っている歴史家アッシュダウン=ヒルは、リチャード3世の母系の家系(mtDNA)を徹底的に調査し、 子孫を突き止めた人物です。
古代DNA解析の技術


出典:Wikimedia Commons(Public Domain)
なぜ約500年前の骨からDNAが読めるのか
古代DNA(ancient DNA、aDNA)解析とは、骨や歯の内部に残った微量のDNAを取り出して読む技術です。骨の緻密質や歯髄は外部の汚染や分解から守られやすく、特にミトコンドリアDNA(mtDNA)は1細胞あたり数百〜数千コピー存在するため、核DNAよりも長期間残りやすいという特徴があります。
リチャード3世のDNAが600年近くも残ったのは、イギリスの土壌は比較的冷涼で中性に近く、骨の分解がゆっくり進むため、保存には日本より有利です。ただし、500年という期間は古代DNA研究では決して余裕ではなく、深い埋葬・土壌の安定・保存性の高い部位が残っていたことなど、複数の条件が偶然そろった結果としてDNAが残ったと考えられています。なかでも保存状態の良かった歯と大腿骨から抽出され、ミトコンドリアDNAと核DNAの両方が解析されました。



土壌の温度や湿度など条件がそろっていれば10万年以上前の骨から遺伝子検査する例もある。残念ながら日本は高温多湿で土壌が酸性に傾きやすく骨が分解されて残らないことが多いため、古代DNAの保存にはあまり適した環境とは言えないんだよね。
不一致だったY染色体(男系)
リチャード3世の大伯父の男系子孫5人を追跡した理由
リチャード3世には子孫が残っていないうえに、子どもたちの墓所も分かっていません。そこで研究チームは、王の大伯父にあたるジョン・オブ・ゴーント(1340〜1399年)まで遡り、そこから男系(父から息子へ)で下ってきた現代の子孫を探しました。見つかったのは、ヘンリー・サマセット(第5代ボーフォート公爵、1744〜1803年)の男系子孫5人。理論上は全員がリチャード3世と同じY染色体を受け継いでいるはずでした。


1~2%の「非嫡出イベント」
ところが、遺骨のY染色体とは5人のうち、誰一人とも一致しませんでした。それどころか、5人のうち4人は互いに一致するY染色体をもっていたものの、1人はほかの4人とも一致しませんでした。
遺伝系譜学の専門用語で、「非嫡出イベント(false-paternity event)」という、生物学的な父親と記録上の父親が一致しないケース全般を指す中立的な言葉があります。婚外関係だけでなく、未公表の養子縁組や当時の記録の誤りなども含みうる概念です。
リチャード3世の論文自体もどの世代で何が起きたかは特定していません。ですが、リチャード3世のY染色体を正しく抽出できていたと仮定をするなら、共通の父系祖先のエドワード3世を起点にしてリチャード3世とヘンリー・サマセットの間のどこかで少なくとも一度非嫡出イベントが起こり、さらにヘンリー・サマセットから現代の子孫たちの間のどこかでさらにもう一度、合計して最低でも2回、非嫡出イベントが起きたという仮説が成り立ちます。
研究者たちは、歴史的な非嫡出率を1世代あたり1〜2%と見積もっています。ジョン・オブ・ゴーントからヘンリー・サマセットの間に複数の非嫡出イベントが挟まっていた可能性は十分にあり、「戸籍や記録は必ずしも生物学的な事実と一致しない」という家系図研究の前提を裏づける事例のひとつと言えます。
一致したミトコンドリアDNA(女系)
母セシリー・ネヴィルから娘の系譜へ受け継がれるmtDNA
ミトコンドリアDNAは母から子へ受け継がれますが、次世代に伝えられるのは娘だけです。つまり女系(母→娘→娘…)をたどる限り、何世代離れていてもmtDNAはほぼそのまま受け継がれます。リチャード3世と、その母セシリー・ネヴィルの女系子孫は、たとえ何百年離れていても理論上は同じmtDNAを持つはずでした。


マイケル・イブセンとウェンディ・ダルディグ、2人の現代の女系子孫が鍵になった
研究チームは、セシリー・ネヴィルの娘の系譜を女系だけでたどり、現代の子孫であるマイケル・イブセンとウェンディ・ダルディグの2人を特定しました。結果は、遺骨とマイケル・イブセンのmtDNAが完全一致、ウェンディ・ダルディグとは途中で変異したとみられる1塩基だけの差異。世代数を考えれば、これは3人が同じ系譜に連なることを裏づける、十分すぎる一致でした。





Y染色体の不一致とミトコンドリアDNAの一致、この対照的な結果に、「事実は小説よりも奇なり(Fact is stranger than fiction.)」を地でいくDNA鑑定の興味深さが凝縮されている気がします。



女系だけで17〜19代も途切れずに続いてきたのは非常に珍しく、リチャード3世の発見がDNA技術の成熟した現代に行われたことも幸運だったと言える。ミトコンドリアDNAは男女どちらにも伝わるが、次の世代に伝えるのは女性だけなので、マイケル・イブセン氏の mtDNA は彼の子どもには受け継がれないのもポイント。
「ハプログループが同じ」と「子孫だと証明される」は何が違うのか


ハプログループはあくまで「大きな系統」の一致
市販のDNA検査を受けたことがある方なら、「ハプログループ」という言葉に見覚えがあるかもしれません。これは数千〜数万年単位でさかのぼる、大きな系統のグループのこと。同じハプログループだからといって、その人と直接血縁関係にあるとは限りません。何千年も前に枝分かれした、遠い共通祖先を持つグループというイメージです。
ハプログループを判定する検査では、ミトコンドリアDNAの全体を読むのではなく、系統分類に使われる代表的な変異ポイント(コントロール領域の一部や、少数のSNP)だけを調べます。これは、家系図で言えば大きな枝がどこかを確認する作業に近いものです。
リチャード3世は全ミトコンドリアゲノムを解析された
一方、リチャード3世のケースで行われたのは「全ミトコンドリアゲノム配列決定」、つまり約16,569塩基対あるミトコンドリアDNAをすべて解読する検査でした。これにより、その家系だけが持つ希少な変異まで、一塩基単位で比較できます。結果は遺骨とマイケル・イブセンが完全一致、ウェンディ・ダルディグとは1塩基の差異。しかもこの配列は、欧州人26,127人分の参照データベースと照合しても一致例がなく、偶然この配列が一致する確率はきわめて低いことも確認されています。
つまり「大きな枝がどこかを見る検査」と「配列を全部読んで、家系固有の希少な変異まで一致するかを見る検査」とでは、証明できる血縁の近さの解像度がまったく違います。市販のDNA検査でハプログループが一致したという結果だけを見て、「近い親戚だ」と早合点するのは避けたいところです。
家系図・DNA検査で自分のルーツを辿るときに応用できる視点
DNA検査サービスを選ぶとき、「ハプログループが分かる」ことと「近い親族が見つかる」ことは、似ているようでまったく別の機能です。遠い祖先のロマンを楽しみたいのか、それとも直系の親族を具体的に探したいのか。目的によって、選ぶべき検査の種類も変わってきます。この違いを意識しておくと、DNA検査の結果を読み違えずに済みます。



国内唯一の親族検索サービスが利用できるHaplo3.0では、ミトコンドリアDNAではなく、常染色体を用いた検査が行われています。
映画『ロスト・キング』が描いた発見までの道のり
フィリッパ・ラングレーの8年間の執念と、大学側との対立
この発見の物語は、2022年に映画「ロスト・キング」として映像化されました。原作はフィリッパ・ラングレー自身が共著した書籍『The King’s Grave』です。映画は、専門家から懐疑的な目で見られながらも発掘を実現させたフィリッパの奮闘と、発見後に功績の扱いをめぐってレスター大学側と対立した経緯を軸に描かれています。
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史実と映画表現の違い
映画はドラマとして脚色されている部分もあり、大学側の描写については後に一部が名誉毀損にあたると認定され、和解が成立するという後日談もありました。とはいえ、「駐車場の下に眠る王を、たった一人の情熱が掘り起こした」という骨格は史実そのものです。



彼女は映画の中でも実際にも二人の男の子のお母さん。子育て中の彼女が、子供たちのことを考えながらも自分の信じる道をまい進する姿に胸を打たれます。彼女はもしかしたらリチャード3世を探しながら自分をも探していたのかもしれません。
まとめ|中世の王の遺骨が語る家系の物語
リチャード3世の遺骨鑑定は、家系図研究や人間の遺伝子の仕組みを知るうえで、さまざまなことを教えてくれます。
記録だけを頼りに家系をたどっていくと、どこかで同じような見えない断絶に出会うことは珍しくありません。それでも一つひとつ資料をたどっていく地道な作業の先に、500年以上前の前の王を探し当てたような発見が待っているかもしれません。
参考文献
進化遺伝著学者でもある著者が人類史を大胆に読み解き、独特の語り口調で解説しています。中でも「第三章近親相姦の中世史」では、数代前までの祖先の数が極端に少ないスペイン王カルロス2世の家系図などを事例として扱っています。
また、切り裂きジャックのDNA鑑定をめぐる議論など、話題性の高いテーマも科学的に検証し、眉唾な説と実証的な知見を丁寧に区別してくれます。著者自身が家庭用の遺伝子検査を受けた経験を持つため、 「個人のルーツを知るための遺伝子検査は、どこまで意味があるのか」 という問いにも、科学者としての冷静さを持ちながら答えを出してくれます。
【参考文献】
・University of Leicester, “Female-line family tree,” Richard III: Discovery and identification https://le.ac.uk/richard-iii/identification/genetics/female-line-family-tree
・University of Leicester, “Male-line family tree,” Richard III: Discovery and identification
https://le.ac.uk/richard-iii/identification/genetics/male-line-family-tree
・University of Leicester, “Detailed Genealogical Information” (PDF)
【本文・画像中挿絵】
・本文中画像:レスター市の社会福祉局の駐車場で行われた、リチャード3世の発掘現場を訪れる人々
zaphad1 / Flickr / CC BY 2.0 Source: Wikimedia Commons
・本文中画像:レスターのグレイフライアーズ修道院跡の位置図
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Licensed under the Open Government Licence v3.0.
・本文中画像:フィリッパ・ラングレーとジョン・アッシュダウンヒル
Photo: Peter Broster / CC BY 2.0 Source: Wikimedia Commons
・本文中画像、家系図内画像:リチャード3世の肖像 ロンドンの National Portrait Gallery(NPG)所蔵
Wikimedia Commons(Public Domain)
・家系図内画像:『ジョン・オブ・ゴーント(ランカスター公)がポルトガル王と会食する場面 ― 15世紀後期写本《イングランド年代記》第3巻、BL王室写本14 E IVより(切り抜き)』
Wikimedia Commons(Public Domain)
・家系図内画像:セシリー・ネヴィル
Wikimedia Commons(Public Domain)
・本文中画像、家系図内画像:マイケル・イブセン
Wikimedia Commons(Public Domain)
コラム|シェイクスピアの「悪役」から、現代の「悪魔」への奇妙な繋がり
政治的背景や当時の王朝事情もあり、シェイクスピアはリチャード3世を強烈な悪役として描きました。これは、テューダー朝の公式史観が強く影響していたと考えられています。ところが、歴史上の人物と現代の文化には、思わぬ偶然のつながりがあります。
シェイクスピアの妻の名前は Anne Hathaway(アン・ハサウェイ)。これは、現代の映画「プラダを着た悪魔」で主演を務めた女優Anne Hathaway と 同姓同名(綴りも完全一致) という、よく知られた偶然です。さらに、現代のアン・ハサウェイの夫 Adam Shulman は、「若い頃のシェイクスピアに顔が似ている」とファンの間で話題になったこともあります。
「プラダを着た悪魔」といえば、メリル・ストリープ演じる鬼編集長のモデルはファッション界の重鎮アナ・ウィンター。この二人については、家系図データを扱うAncestry.comが遠い親戚関係にあると発表したことがニュースになりました。時代を超えて思わぬところで名前や血縁が交差するのは、歴史の面白さのひとつと言えるかもしれません。


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