
こんにちは、こけしママンです
ライフワークとして自分の家系図調査を続けている私は、さらに遺伝子検査にも挑戦することにしました。戸籍ではたどれない先祖のたどってきた道筋を、DNAで確かめてみたいと思ったからです。
そんな中でふと思い出したことがあります。歴史上、DNA鑑定で5代にわたる血縁関係が証明されたケースが、古代エジプトにもあったということを。それが、世界中の人が知るあの少年王——ツタンカーメンです。
この記事では、2010年に発表されたDNA鑑定の結果をもとに、ツタンカーメンの家系図をわかりやすく整理します。謎が多い人物だからこそ、わかっていることとわかっていないことをきちんと分けてお伝えしたいと思います。
- ツタンカーメンの家族関係・家系図をわかりやすく知りたい人
- DNA鑑定で何がわかり、何がまだ謎なのか気になる人
- 家系図調査やルーツ探しに興味がある人
ツタンカーメンの家系図が発見から100年越しにDNA鑑定で解明された


出典:Wikimedia Commons / パブリックドメイン
ツタンカーメンの名が世界に知られるようになったのは1922年のことです。イギリスの考古学者ハワード・カーターが、エジプトの王家の谷でほぼ手付かずの状態の墓を発見しました。黄金のマスク、無数の副葬品——その発見は世界を熱狂させました。
しかし「どういう血縁関係のある人物なのか」「なぜ若くして亡くなったのか」という謎は、長らく解明されないままでした。
転機となったのは2005年から始まったDNA鑑定プロジェクトです。エジプト・イタリア・ドイツの研究チームが、ツタンカーメンを含む11体のミイラからDNAを採取し、2010年にアメリカの医学誌JAMAに結果を発表しました。
この研究により、ツタンカーメンの5世代にわたる家系図が初めて科学的に裏付けられることになりました。
ツタンカーメンの家系図|DNA鑑定でわかった5代の血縁関係


第1世代:イウヤ&チュウヤ|ツタンカーメンのDNA鑑定の起点となった曾祖父母


この2人は王族ではありませんでした。しかしその娘がファラオの妃となったことで、王族以外では数少ない王家の谷の埋葬者となっています。保存状態が良好で、DNA鑑定の「基準点」として重要な役割を果たしました。
第2世代:ティイ&アメンヘテプ3世|祖父母の血縁が科学で裏付けられた
ティイはイウヤとチュウヤの娘で、アメンヘテプ3世の正妃。絶大な権力を持った女性として知られています。DNA鑑定により、イウヤ・チュウヤの娘であること、そしてツタンカーメンの祖母であることが確認されました。
第3世代:アクエンアテンと名前不明の母|最大の謎が残る世代
ツタンカーメンの父親はアクエンアテン(アメンヘテプ4世)であることが高い確度で確認されました。一神教改革を断行した「異端の王」として知られる人物です。
アクエンアテンの妻として有名なのは、ネフェルティティですが、母親は彼女ではありません。アクエンアテンと同じく、アメンヘテプ3世とティイの子どもの名前不明の女性が、ツタンカーメンの母親であると判明しました。つまり、ツタンカーメンの両親はきょうだいにあたる関係だったということになります。
第4世代:ツタンカーメン&アンケセナーメン|異母きょうだいの夫婦
9歳でファラオに即位し、19歳で亡くなった少年王。アンケセナーメンはアクエンアテンとネフェルティティの娘で、ツタンカーメンの異母姉にあたります。2人は異母きょうだい同士の結婚しました。
なお、アンケセナーメンについては「KV21A」と呼ばれる女性ミイラが彼女ではないかと考えられていますが、現時点では確定には至っていません。


第5世代:2人の胎児|ツタンカーメンの墓に眠っていた娘たち
ツタンカーメンの墓から発見された2体のミイラ化した胎児。DNA鑑定によりツタンカーメンの娘であることがほぼ確認されています。一人は妊娠約5か月、もう一人は妊娠約7か月でした。母親はアンケセナーメンと考えられていますが、こちらも現時点では確定していません。



ウィキペディアの、エジプト第18王朝の家系図ページもとても面白いですよ
古代エジプト王族の近親婚|なぜ繰り返されていたのか
現代の感覚では理解しにくいですが、古代エジプト王族における近親婚には政治的・宗教的な背景がありました。王族以外の血が混じることを避けるため、きょうだい・異母きょうだい間の結婚が慣習として行われていたのです。
しかしDNA鑑定の結果は、この慣習の代償も明らかにしました。ツタンカーメンは内反足や骨の疾患を抱え、重度のマラリアにも感染していたとされています。近親交配による遺伝的な影響が、ツタンカーメンを虚弱体質の一因にした可能性と、ツタンカーメンの二人の子どもが胎児のまま亡くなった原因であるとも指摘されています。



王家の血を守るためにしていたことが、結果として王朝の終わりを早めてしまったかもしれない……。歴史の皮肉を感じます。
ツタンカーメンに残る謎|現代のDNA鑑定でも解明できないこと


DNA鑑定は多くの謎を解きましたが、すべてが解明されたわけではありません。
- ツタンカーメンの母親の名前
- アンケセナーメンのミイラの特定
- 2人の胎児の母親の確定
- ツタンカーメンの正確な死因(マラリア説・骨折による合併症説など複数あり)
- DNA鑑定結果の信頼性への学術的な異論(古代ミイラからのDNA採取の汚染リスクなど)
3,300年前の謎は、現代の最先端科学をもってしても、まだすべては解けていないのです。
そして——永遠の命を信じ、ミイラという形で遺体を残した古代エジプトの人々。彼らの望みは「死後も名を持ち、記憶され続けること」でした。3,300年という気の遠くなるような時を経て、ツタンカーメンは今なお世界中の人に名を呼ばれ、家族関係まで科学で証明されています。ある意味で、彼らの願いはかなっているとも言えるかもしれません。
一方で私が切に願うのは、彼らが「これから先も」適切に守られ続けることです。過去には、遺物の価値を見出すことなく乱雑に扱ってきた時代もありました。発掘・展示・研究が進む中で、ミイラたちがこれから先の数千年という命をも生き続けられるよう、大切に保管されていくことを願わずにはいられません。
※DNA鑑定の研究結果は2010年発表のJAMA掲載論文をもとにしています。 古代ミイラからのDNA採取には汚染リスクがあるとして鑑定の信頼性を 疑問視する研究者もおり、ツタンカーメンの母親の特定については 現在も異論があります。
※本記事の内容は参考文献および各種資料をもとに、こけしママンの言葉でまとめたものです。
参考文献|ツタンカーメン100年
全140ページにわたる圧倒的なビジュアル。ツタンカーメンの豪華な副葬品から、一族のミイラの細部までを網羅した珠玉の一冊です。特に102ページの「画像付き家系図」は、ザヒ・ハワス氏による解説と相まって、家系調査ファンならずとも必見の資料的価値があります。
Column
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